日本百名山幌尻岳 |
北海道の山の多くがアイヌ語の名前がついているように、この幌尻岳も例外ではない。アイヌ語で、ポロ・シリ岳、大きな・山という意味になる。狩猟対象であった熊の魂をこの山へ送り返すイヨマンテノの儀式が麓の集落では行われていたという。アイヌの世界では古くから親しまれている山である。
幌尻岳へのアプローチは、額平川を遡上することになる。長い林道が川に沿って続き、最初は車で、車止めからは歩いて林道を進む。林道が終わると、何度も渡渉を繰り返しながら沢をひたすら遡っていくことになる。 車止めのある駐車スペースは、夜も明けきれぬうちから登山者の活動が始まる。登山者はヘッドライトを点けて出発しているようだった。始めは林道歩きなので、暗くても危険はないのだろう。しかし暗いうちから行動するつもりはないので、しばらくそのまま車の中で横になっていた。明るくなってから車の外に出ると、昨日よりも車は増えていたが、人は誰も残っていなかった。なんだか取り残されたような気がして、少し焦った。しかしまだ4時である。 装備は先月の南アルプス縦走と同様にフル装備。そして今回初めての装備が、沢用のシューズだ。腰まで水に浸かるような覚悟できているので、ザックの中身もビニール袋で包むなど防水対策もバッチリだ。しかしこれはとんでもない思い違いで、渡渉の沢は膝下ほどの水しかないことが後で分かるのであった。 駐車場からは長い林道歩きが続く。以前はもっと奥まで車で入れたようだが、崖崩れでしばらく入山禁止の状態が続き、それが解除されると共に車止めがそれまでよりも手前に設定されている。30分ほど歩くと、以前の車止めがある。こちらのほうが基礎もありしっかりした車止めだ。以前はここまで車が入れたにしては、このあたりに駐車スペースはなさそうだ。駐車スペースの関係で、ここより手前に車を止めるようになったのかも知れない。車止めを越えてふと振り向くと、タクシーがそこまで入ってきて、登山客を数人降ろしていた。 【幌振橋】 幌尻岳には途中道標らしいものはほとんど無い。ルートはしっかりしているので迷うことはないのだが、今どのあたりを歩いているのかわかりにくい。この幌振橋は林道の中でも唯一のランドマークである。 覚悟していたとはいえ、林道歩きは長く退屈である。1時間ほど歩くと橋がある。幌振橋と書かれていて、地図にも記載がある。まだまだ先は長い。更に50分ほど歩いて取水施設のところに出る。この少し先で林道は終わり、沢沿いの山道となる。 【額平川の渡渉】 最初の渡渉地点から、渡渉の連続である。ここで登山靴で渡れないか試みたが、迷わず沢靴に履き替えるべし。 やがて最初の渡渉地点に到着。地図には渡渉開始地点と書かれているが、現場にはそのような道標はない。最初は登山靴で渡れないかルートを探したが見つからず、あきらめて沢靴に履き替えた。沢靴に履き替えると、足が濡れることなど気にしなくて良い。じゃばじゃばと水の中に入って沢を渡る。そして少し山道を歩くと、また渡渉。その繰り返しが十数回続いた。最初から最後まで沢の中を歩いても良さそうなものだが、渡渉する場所の水量は少なく膝下しかないが、ちょっと遊びで遡上したらいきなり深いところもあり、危険であった。それでも今回の沢は水量が少ない方だったらしい。まとまった雨が降ったときなど渡渉すらできないそうだ。 途中、一ヶ所だけ急勾配の登りがあり、ロープをつかんで登る場面があった。幌尻岳で一番の難所はそこかも知れない。 真夏の渡渉は気持ちが良く、楽しいものだ。途中左手に滝があったが、地図にはその記載がない。北海道にはこのように名もない滝が無数にあるのだろうか。1時間20分ほど渡渉を楽しむと、突然目の前に山小屋が見えてきた。 【幌尻山荘】 山荘といっても避難小屋。トイレ有り。夏季は完全予約制。収容人員50名。詳細は平取町役場のホームページを参照。 幌尻山荘に到着したのは8時前。登山者はおらず、管理人が小屋の前を掃除していた。まさかここで今日の行動が終わるわけにはいかない。しかし体力は消耗している。そこで、テントと寝袋をこの小屋にデポして山頂に登ることにした。すなわち、今夜の宿はこの小屋になるということだ。予約はしていないが(出発前10日前に試みたが満員御礼だった)、今日の入山者が少ないこと、昨夜の宿泊客は9名(下山者情報)だったこと、七つ沢での36年前の遭難事故のこと(登山者がクマに襲われた極めてまれな事故)、体力的な問題等々勘案し決めた。 小屋にはテントと寝袋、沢靴をデポしたので、多少荷物は軽くなった。小屋の右手の登山口から入ると早くも上り坂。樹林帯の中のつづらの登りがひたすら続く。命の泉あたりが最も苦しいところである。その命の泉には1時間半ほどかかって到着。水場は少し左の方へ入ったところにあるようだが、そこで休憩していた人によると水はちょろちょろとしか出ていない、と教えてくれた。雪渓が無くなったからだろうか。もともと水場は期待していないので、水分は持ってきたお茶だけで十分である。 【命の泉】 ほとんど涸れていた。 命の泉から少し登ると樹林帯から抜け、ハイマツ帯となる。眺めが良くなるところだが、ガスが多いのでまわりの様子はよく分からない。それでもガスの切れ目からはときどき幌尻岳の山頂と思われるピークが左の方に見える。 やがてきつい登りも無くなり、稜線歩きとなる。高山植物も多く、色とりどりの花が咲いている。 【北カールの稜線】 高山植物が多い。 稜線の左下にはカールが広がる。熊がいてもおかしくないような場所だが、いないようだ。ナキウサギだろうか、聞いたこともない鳴き声が聞こえる。 幌尻山の頂上(2052m)に到着。北海道最後となる日本百名山を登頂したことになる。もうこれで北海道へ来ることもないだろう、とあり得なくもない思いがよぎる。山頂には誰もいない。先ほど見えていた先行者が戻って来なかったので七つ沼の方へ行ったのだろう。山頂はすっかりガスに覆われ、自慢の眺望は全くない。岩に腰掛け、行動食を食べながら休憩した。山頂で時間をつぶしてもガスがとれる気配はなく、下山することにした。昨日、今日と午前中の方が天気は良かったようだ。 【幌尻岳山頂】 眺望はまっ白。三角点がある。 30分ほど下ると、前から単独行の登山者がやってくる。少し会話を交わした。彼も今朝駐車場から登ってきて、山荘まで下るそうだ。そこから更に15分ほど下ると3人組とすれ違う。荷物が大きくつらそうに登っている。七つ沼で幕営するのだろう。 幌尻山荘へ戻ったときは14時を少し回っていた。この日は9時間半行動だった。一日で山頂まで行ったので、明日が非常に楽になった。小屋にはけっこう人が集まっていた。この日一日が小屋までの行動のみという人が多いようだ。 山荘の中に入り、管理人に宿泊を申し込むと(予約はしていなかった)、まだ時間があるので駐車場まで戻ったら、というようなことを言われた。いかにも泊まってくれるなという感じだった。もう体力がありませんから、などと言い訳を言って泊めてもらうことにした。確かに時間的には5時間かけて下っても明るいだろうが、どうせ下っても車中泊である。ここはのんびりと過ごしたいものだ。小屋も混んでいるとは思えないし..。山小屋の利用料金は1000円で、領収書はくれなかった。たいていの山小屋では領収書をくれるものだが、ここはどこが管理しているのだろうか。 しばらくして分かったことだが、その後この山荘には20名近い団体(旅行会社のツアー)が現れ、一気に満員となった。このツアーは本当に添乗員付きのツアーで、「××ツアーの皆さん、お茶の準備ができました。」「水をいれますので、水筒を集めます。」などと、信じられないようなことをアナウンスしていた。今年から幌尻山荘は完全予約制になったということだが、そのうち予約枠は全て旅行会社に押さえられ、山へ行くためには、旅行会社に申し込んで下さいということになるのかも知れない。 夕方になり、山荘の中が薄暗くなる。そろそろ就寝かなと思っていた矢先、やおら発電機の音がなり始め、小屋の中に明かりが灯り、昼間よりも明るくなった。避難小屋に電気などいらんでしょうにとおもったが、管理人の生活のための電気なのだろう。
【8月13日(日)】 幌尻山荘の朝を迎える。明け方は少し曇っていたものの、日が上がると青空が広がり、天気はみるみる良くなった。 大勢のツアー客が幌尻岳に向かった頃を見計らって起きだした。小屋の外にあるテーブルを使うためだ。小屋の外に出て朝食を作った。カップ麺ととレトルトシチュー。いずれもお湯だけあればいいので簡単だ。水は小屋の前にふんだんにある。食事を終えて、パッキング。沢用のシューズを履いて下山する。 幌尻岳はこのところまとまった雨が降っていないらしく、沢も水かさが少ない。渡渉地点も膝下程度の深さしかない。ザックの中のものを濡れないように、ビニール袋に入れていたが、まったくの不要であった。それでも水かさが増したときは幌尻山荘で孤立するほどで、以前救出事故が起きている。 渡渉は冷たくて気持ちが良い。何度も渡渉するので、沢をそのまま下ってもいいはずである。登りの記憶で、多少は勝手がわかるところは、次の渡渉地点まではざぶざぶと沢の流れに従って下る。 渡渉終了地点で2人組の登山者とすれ違う。登山靴に履き替え、長い林道を歩く。 駐車場は相変わらずぶよなどの虫が飛び交っている。ここで少し休みたかったが、虫の餌食にされるだけなので、早々に退散することにした。この後は行く当てもないのだが、以前アポイ岳のふもとに快適なキャンプ場と温泉があったので、そこをナビでセットして出発した。
Camera:Panasonic DMC-FX9
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